ウォムカドール?

 
今週は遅番。
そして今日は週に一度の残業確定の日。
三人の班で、一人だけ二時間の残業。
焼結炉からノロノロと出て来る製品を集めるだけの仕事。
この「灰色の工場」は、嘘つきだ。
月に一度食堂にて行われる集会では、労働組合と会社の協議を垂れ流す。
「ボーナスは二・二ヶ月分を希望します」とか、
「労働基準法」の確認とか。
「残業は強制ではない」と研修の時に教えられた。ところがどうだ。これは強制じゃないか。
三人の班で、交代で二時間残業をする。順番はまわってくる。
断ったら村八分。これを強制と言わずしてなんと呼ぶのだろう。
色んな人間がいる。残業をするためにわざと仕事を残すヤツだっているのだ。
わかる。わかるよ。だって残業中の時給は、一・四倍なのだから。
でも僕には合わなかった。
数十日後に入るお金が多少増えることより、今日の数時間が大事だ。
要するに、ぼくは残業がクソがつくほど大嫌いだった。
 
極力断ってはいるが、こうして「避けられない」残業はやってくる。
退屈で、面倒で、一周する毎に時計の針を睨み付ける。
 
 
今の僕の楽しみは、バンドだけだ。
 
c.u.dを始めて、しばらく経った。
すこしずつ出るようになる声、弾けるようになるギター。あのなんとも言えない演奏がガッチリハマった時の感覚。
全てが新しい。進歩が愛おしい。
 
焼結路の出口から手が届くところまで、ゴッソリ製品を回収した。これでしばらく大丈夫。
一人、裏口へ行ってタバコに火をつける。大丈夫、これは喫煙者ならみんなやっている事。
スマホを取り出して、ツイッターを見る。
タイムラインには、地元の友達、バンドの知り合いの日常が景色のように流れてる。
フォローしているのは友達の方が多いはずなのに、流れてくるのはバンドマンのものばかり。
バンドマンはよく呟く。
その中の一つの投稿に、僕は目を止めた。
Junkのボーカル、フミヤくんのツイートだった。
 
「後輩が曲だしたんで聴いたってください」
そのリンクをタップすると、再生ページに飛んだ。
 
青鼻のピエローWOMCADOLE
 
そう書いてあった。なんて読むんだ?ウォムカドール?再生してみる。
 
軽快なリズムに、シンプルだが、耳にまっすぐ入ってくるリード。良い感じだ。
フミヤくんの後輩ってことはまだ十代?そんな歳でオリジナルでレコーディングか。くそ。
そんな年下に対してでも悔しさを覚える自分のことは嫌いじゃない。
年齢は関係ない。「良いか、悪いか」
ただ、始めるのが早かっただけ。僕は、遅かっただけ。
僕は自分を信じてる。誰よりもカッコいい音楽を作ると信じてる。
 
ところが、Aメロに入って○・○一秒で、自分がどれだけ浅はかだったか気づいた。
いや正確にはもうすこし後なんだけど。
 
「僕はひとりぼっちのピエロなんだよ、誰か僕と一緒に踊ってくれませんか」
 
そんな、ありきたりの歌詞だった。だけど、僕の時計は止まった。
 
その声が、メロディーが、符割が、完璧だった。
少し高音域にいくと、わざとらしくなくしゃがれる声。
癖はあるけど、歌詞がしっかり飛んできて、Aメロも、Bメロも、一切の「どこかで聴いたことある感」もない、グッドメロディ。
これを、同じ滋賀県で、僕より何歳も下のバンドが、鳴らしている。
その事実に触れた時、僕には不思議と悔しさというものが一縷さえ存在しなかった。
 
「素晴らしい音楽」への「感動」
 
まだバンドを始める前。そのもっと前。
 
初めて行った映画館。
小学校の頃、サッカーの選抜に選ばれて出場した大阪のスタジアム。
こっそり兄貴達が連れ出してくれた夜の公園。
 
 
一切の曇りがない、感動がそこにあった。
 
僕は一時、自分がバンドマンということを忘れ、WOMCADOLEとの出会いを、工場の隅で体験していた。
チープなホームページに、チープなアーティスト写真。
細身の前髪のうっとおしいのがいた。「こいつがボーカルかな」
 
 
そのうち、対バンできるだろうか。
 
とにかく、僕は、悔しさというものを隔離して音楽を感じられたことに感謝した。
繰り返し繰り返し、聴いた。
戻る頃には焼結炉から製品がこぼれ落ちており、僕は三十分余計に残業する羽目になった。