独りぼっちの戦争

 
●二○○八年八月 自宅近くにて居酒屋にて
 
「ガシャン!!」と大きな音がして、灰皿が倒れた。
色とりどりのフィルターがいくつか舞って、灰がコンクリートに降り積もった。
 
厨房の温度が真夏だというのに何度か下がった気がした。
 
この人は、本当によくキレる。
ただでさえ大柄で、キツい関西弁だ。
ここにいるのは彼を除けば高校生か大学生しかいない。だれも太刀打ちできるわけがなかった。
 
思えば、面接の時からそうだった。
「「雰囲気が気に入って」って書いたあるけど、おまえ、まだ高校生やのに居酒屋の雰囲気なんて分からんやろ」
初対面の大人に怒られる経験はそこまでなかったので僕は面食らってしまったのを覚えてる。
 
とにかくこの「店長」は横暴だ。感情の起伏のままに生きているような気がする。
 
バイトの誰かの行動が気に食わなかったのだろう。
全員が、押し黙る。
 
どうやら僕に原因があるわけではなさそうだったので、皿洗いをしながら物思いに更けることにしたのだ。
 
「うらやましい」
僕から湧き立つ感情は、そんな的外れなモノだったのだ。
僕は、中学でも、今の高校でも、家庭でも、なかなか「キレる」ことがないタイプなのだ。
「キレる」ことは一般的に、良くないことだろう。なんとなく分かってる。
だけど僕にとってはその純粋な感情の爆発が、脳内の回路のシンプルさが、美しく思えたのだ。
 
灰皿を壊したら、吸い殻を拾い戻さなくてはいけない。
何か物を壊したら、弁償しなくてはいけない。
お金で済む物ならそれでいいけど、ひょっとしたらソレはこの世に一つしかない大切な物かもしれない。
 
「キレる」というのは損な行動だ。必ず何かを失う。
だけどなぜだろう、そこに強く惹かれるのは。
 
正確には、「キレてる」自分は確かにそこにいるはずなのだ。
それをもう一人の自分が押さえ込む。本当は僕だって、目の前の灰皿を蹴飛ばして、グチャグチャにして、取り返しのつかない様にしたいのだ。
そういう発作的な行動を、衝動的な展開を求めている自分がどこかにいる気がしていた。
もう一人、いるのだ。短気で、へそ曲がりで、自己中心的なヤツが。
僕はソイツのことを、キライになることができない。
 
でも、いつか戦わなくてはいけないような気がしていた。
僕は「キレる」僕が良いとも断言できないが、「キレない」僕が善人とも思えなかった。
ただなんとなく、いつかはどちらかに振り切らないといけない。そんな気がしていたのだ。