水の注ぎ先

 
「進学」、「就職」。
バンドが解散、もしくはメンバーが脱退するダントツナンバーワンの理由だ。(自社調べ)
それは妖怪のように、シトシト後をつけてくる。
ぼくらのバンド、theULTRALEAにも、例外なく忍び寄っていたのだった。
 
あまり考えないようにしていた。
就職しても、バンドを続けることは可能だった。実際「社会人バンド」なんて呼称もあるくらいだ。
だが、それは、「休みが合って、地域が合って、モチベーションがある」場合のみだ。
現実として体感する。
「バンドはいつだって、ギリギリのところで成り立っているんだ。」
 
 
 
カツキ、カツキは、就職を選び、バンドを脱退する旨を申し出た。
立ち上げメンバーである僕に、まず先に話してくれたのだ。
彼自身の安心の為かもしれない。そんなことは分からない。
夜の公園で、僕は自分がなにをすべきなのかが分からなかった。
 
彼の選択を尊重し、笑顔で送り出すべきなのか。
それとも年甲斐もなく泣き喚いて無様に脱退を止めるべきなのか。
なにが「正しい」選択なのだろうか。
そんなことを考えているうちに、新たな葛藤がやってくる。
「あれ、僕の本音はどこにいる?」
 
 
そらあ、一緒にやれるならバンドをしたい。
カツキは、そう。はじめは憧れだった。
ギターはうまいし、勉強もできる。
大人しい性格だけど、ここぞという時には勇気もある。
下手くそな僕の魅力を、尊重してくれた。最大限、僕の音楽を表現しようとしてくれた。
ギタリストなのに、自分が目立つことなんて二の次で、ね。
今思えば、カツキと対立することは一度もなかったな。
なんだかんだで、いつも僕の側に立っていてくれた気がする。
ああ、やっぱ。まだやりたいな。だけど。
 
 
ちゃんとしっかり物事を考えられる人間だ。
僕なんかより、何倍も。
そのカツキが選んだ道は、きっと正しい。
ただ学力があるだけじゃない。人間として、賢いんだコイツは。
 
 
 
「止める」という選択肢はなかった。
「ITエンジニアになる」という彼の夢を、応援したいと思った。
 
 
とはいえ、いつまでも僕だけが知っている状況は良くない。
早速、というのもなんだが、四人で改めて話す時間を設けることにして、その日は解散した。
 
 
theULTRALEAとして、たった一年足らず。
だけど、「たった」とはいえないほど、四人で過ごした時間は濃密だった。
きっとカツキがこのタイミングで辞めることを最初から決めていたならば、はじめからこのバンドを立ち上げはしなかっただろう。
責任感があるやつだから。
スタジオに入り、ライブをし、音源を作り、企画をし、
その中で、彼の目標が育っていったのだ。僕から見えないところで。
それは、「良いこと」だと思う。
バンドには、「自分の足」で立って欲しい。「やらされてる」なんて、絶対ダメだ。
だけど、それはわかるんだけど。
僕の行動の何かが違ったら、彼の水の注ぎ先は変わっただろうか。
賢く、大真面目に、「バンドをやる道」という苗を育てただろうか。
ただ、そんなことを考える。
もうどうしようもないことを、ただ考えていた。
 
 
 
このバンドを襲った妖怪は、残念ながら一匹だけじゃなかった。
まだ足音も聞こえないまま、僕のあとをしっかりと追いかけてくる。