十の六十八乗の痛みから。

 
なんであんな昔のこと。
記憶って不思議だ。ふとした時に引き出しが開いて、モヤがかったソレがにじりよってくる。
一度出てきたら仕舞いだ。モヤが晴れるまで、見ないようにすることはできない。
まぶたもないから瞬きもできない。強制的に映画館に連れて行かれるのだ。
 
ソレは、あまり良い「記憶」ではなかった。
あの兄貴の言葉がきっかけで、僕は歌うことが嫌いになった。
それから五、六年は、カラオケというものを避け続けた。
 
中学三年、卒業間近。カラオケが流行っていた。
カラオケに対する恐怖はかなり薄れていて、誘われるままに歌うことになった。
「俺、ヒラクの歌好きやわ」といってくれるヤツがいた。
抵抗感を払拭するのに、十分な事象だった。
「なんだ、僕の歌は下手じゃないんだ、人を不快にさせるものじゃないんだ。」
こんなんだったら、兄貴の言葉なんて受け流して、歌を嫌いになんてならなかったらよかった。
きっと多分、そんな嫌味たらしいモノではなくて、兄貴は本当に「そう」思って言ったのだろうと思う。
社会性が身についていく中で、兄として、弟が出過ぎたことをしないように、指導のつもりでそうしたのだと思う。
だから恨んではいない。
 
こうして、また歌に向き合えるようになったから。それはそれでいい。
おかげで少々歪な愛の形となってしまったが。
 
バンドをはじめて、「歌が好き、音楽が好き」と簡単に言えないようになってしまった。
なんだか、「好き」という言葉を使うと、薄っぺらくなってしまう気がして。
なんだか、「好き」という言葉は、良いとこどりをしているような気がして。
自分で音楽を作って歌う、というのは必ずしも良い事ばかりじゃない。
放っとけば引き出しの彼方に追いやることができる辛い記憶を、「作品」としてありありと存在させ続けることになる。
自分で、フラッシュバックのスイッチを作るようなものだ、と思う。
僕だけじゃなくて、
先人たちの音楽もそうだ。
「痛い」とか、「辛い」だとか。そういう無量大数の感情が犠牲となって、僕らの心に届いてる。
そんなことを考えると、簡単に「好き」だなんて言えない。
愛する人が亡くなってできた歌を、無責任に「好き」だなんて言えない。
軽い音楽だったら良い。お金を生む為の音楽だったら良い。
だけど僕は「ホンモノ」を求めていた。
ホンモノの感情を求めていた。自分の音楽にも、他人の音楽にも。
 
 
 
「じゃあ、いきましょかあ」
ヘッドフォン越しに、サカモトさんの声。
「お願いします。」
 
 
僕の歌は、どうやら下手だったようだ。
何度も何度もミステイクを連発し、声が裏返ったり、かすれてきたり。
それでも、僕は最後まで取り組んだ。やり切った。
コーラスワークで、サカモトさんはここ一番の能力を発揮してくれた。
自分のエレキギターで音階を確認して、
「これどう?」「これは?」と提案してくれる。
彼の口から出てくる理論の半分は理解できていなかったが、
僕は必死についていった。
おかげで、三曲の存在感が増した気がした。
何度、「もう一回おねがいします」と言っただろう。
リクはずっと寝ていた。
サカモトさんも、「もうこの子は家で寝た方がいいんちゃう?」と毒づいていた。
予定より大きく時間をオーバーして、僕のボーカル録りは終わった。