感情混じるコントロールルーム

 
カチャカチャ、とキーボードを叩く音がコントロールルーム内に響く。
相も変わらず空気は重たい。
サカモトさんの声が沈黙を破った。
「タクミくんの、紹介やっけ?」
「あ、そうです。紹介というか、クレジットで見て、って感じです。」
「そうなんやあ、ありがたいなあ。なんか参考音源とかあんの?」
あくまで、「とりあえず、」と言った感じのコミュニケーションだった。サカモトさんはあまり人に興味を持つようなタイプではないみたい。
「・・・参考音源ですか、うーん。アジカンの音源とか好きです。なんかこう、全部聞いたら、「アジカン!」って感じの。」
「ああアジカン、良いよなあ。」
そうしてサカモトさんは何やらネットで検索し、アジカンの音源を大音量で流し始めた。
「初期の方?」
「そうですね。というか最近はあまり聴けてなくて。」
「俺もあんま聴いてないなあ。最近は。」
 
というような感じで、少しずつ氷が溶けていくみたいに室内のコミュニケーションは柔らかくなっていった。
それでもサカモトさんのとっつきにくい印象は終始変わらず、ドアが開いたと思ったらまた閉じたり、ドアノブの場所すらわからなかったり、かなり難しかった。
レコーディングする楽曲のデモを一通り聴き、録音する順番を決めた。宅録したギター音源を使うことに関して、サカモトさんは言葉には出さなかったが少し不服そうな感じだった。
 
不思議な人だ。すごく子供っぽく見えたり、ドシっと構えた大人に見えたり、本当に掴めない。
レコーディングの進行についての大事な話をしていたかと思えば、セブンイレブンのチャーハンおにぎりが一番美味いなどと冗談を飛ばしてくる。
 
いいことなのかわるいことなのか、終始サカモトさんのペースで僕らの初のレコーディングは開始した。
 
 
それからは、時間は圧縮された。
まずは、ドラム。
ライブやスタジオとはまるで違う。クリックだけを聴き、常に自分の演奏が第三者にまじまじと聴かれている緊張感。
リクのソレは防音ガラス越しにもありありと伝わってくる。
僕らは人ごととは思えなかった。リクが終われば、自分にバトンが回ってくる。
ミスがミスを呼び、普段なら簡単にできることもできなくなってくる。
休憩したり、ストレッチをしたり、様々な方法でそれに対処するが必ず上手くいく、なんてことはない。
 
彼の中で、時間の割り振りがあるのだろうか、ミスがある程度続くと、サカモトさんの口数は減り、演奏に対してのフィードバックとRECボタンを押す前の「いきます」だけになってくる。
これがまた重圧となり、力が入る。あまりにひどい時はループ再生し「練習」の時間が与えられる。サカモトさんは室外へ休憩に行き、リクは黙々と何度も同じ箇所を叩き続ける。
 
それでも、一歩、一歩ずつ録音は進行していった。
一曲録り終わる頃には、その時間以上にリクは疲弊しているように見えた。
 
 
僕はできるだけ、ピエロに徹した。
サカモトさんの機嫌が良いときにはそれにのっかり、サカモトさんのフィードバックが上手く伝わってないように見える時はわかりやすく代弁する。
レコーディング中の「練習」も、重なるミステイクも、悔しいものだった。恥ずかしく、もどかしいものだった。
だがそれがぼくらの「実力」だった。
「まだ、レコーディングにははやいやろ」サカモトさんの心の声が聞こえてくる。
 
ドラムが終われば、ベース。ベースが終わればそこにギター音源をあてはめて次はボーカル、僕の出番だ。
救いがあったのは、数パーセント、この状況を楽しんでいる僕がいたことだ。
バンドでつみあげたトラックに、僕の声がノる。
それは、スタジオやライブのモノよりも解像度を遥かにあげて、鼓膜を揺らすだろう。
不安と期待が入り混じるコントロールルーム。
デスクの隅におかれたサカモトさんのセブンのチャーハンおにぎりと同じ、出番をまつ僕はギラギラとしていた。