theULTRARHEA

 
さて、メンバーは揃った。次やる事は決まっている。
 
ライブだ。
とにかく今は、音を鳴らしたかった。ひとつのバンドとして。
 
いくらc.u.dとしてちょこちょこライブをしていたからといって、今の僕のコネクションなんて無いに等しい。ライブハウスにしても、バンドにしても、とにかく今は情報が足りなかった。はやく「バンド」というプールで泳ぎたい。
「滋賀県」という土地には、ライブハウスは少ない。あくまで東京や大阪に比べて、という意味ではあるが。調べてみると、出てきただけで、五箇所のライブハウスしかなかった。
 
県内では最大キャパシティである石山ユーストン。
若手から人気の浜大津ビーフラット。
あのUverworldがホームにしていたと有名な堅田のハックルベリー。
目標とするバンドの一つ、Swimyがよく出演する守山のブルー。
この中では一番若いハコである野洲のバリハリ。
 
c.u.dでお世話になっていたCOCOZAは、移転中。まだ、どこに作るのかも知らない。(COCOZA最後のライブは、僕らとビデオデッキだった。)

他のライブハウス、どれも聞いた事はあるが、出演経験があるCOCOZAがないのはなんとも心細い。でも仕方がない。

この滋賀県という田舎に、城のように点在するライブハウス。そこの関係者、そしてバンドマンに手っ取り早く知ってもらう方法はただ一つ。
「出演すること」。
僕らは、HAJIMEMASHITEツアーと勝手に題して、その五箇所全てに出演することに決めた。県外に進出するにもツテがいる。企画に呼んでもらうにも仲間が必要だ。
作戦決行を、五月に決めた。いまから二ヶ月とちょっと。
 
ぼくらがすべきことは、明確だった。
オリジナル楽曲を最低でも五曲、完成させること。
そしてライブハウスに連絡を取り、出演させてもらう事だ。
 
どちらも新しかった。
まず曲作り。二人メンバーが変わっただけで、そのコミュニケーションの取り方は全く変わってくる。それに、リクに関しては曲作りの経験がない。
少し前までは関わることのなかった赤の他人が、毎週小さな箱に閉じこもって、ああだこうだと一つのものを完成させていく。落ち着きはなかったが、確かに充実した時間が過ぎる。それは、出来上がっていく楽曲のクオリティが与えてくれた物だった。
僕が作ったデモ達は、僕の想像を超え、「バンド」の曲になっていく。
それぞれの血が通っていく。たまらなく新鮮で、刺激的だった。
経験が深いミズキに対して、はじめは気を使っていた僕も、楽曲制作において指示を出すようになっていた。それをミズキも作曲者としての意見を尊重し、必死に体現しようとしてくれていた。リクもバックグラウンドが違うというハンディをやる気で埋め、食らいついてきていた。
前のように、練習終わりに宅飲みで鍋をつついたりしない。それでも限られたスタジオという時間の中で、少しずつバンドになっていく。
 
ライブハウスへの出演打診は別の意味で頭を悩ませた。
今思えば、COCOZAへの出演も、紹介あってのものだったからだ。
見ず知らずの状態で、いきなり「出演させてください」と言うには勇気が必要だった。言い出したのは僕。全てに打診した。ところが気を使ったのは初めだけで、驚くほどすんなり出演までこぎつけることができたのだった。
 
こうしてあっという間に一ヶ月が過ぎ、僕らが水面から顔を出す準備も整ってきた頃、ある事に気づく。
 
バンド名が決まってない。
 
これが難しかった。
バンド名とは、その集まりをわかりやすく名称化するものだ。そのバンドの楽曲や人となりのイメージに合う物で、かつ個性のある物が好まれる。
ところが僕らは地元は同じだが年齢もバラバラ。人間的に共通するものもない・・・
 
なかなかコレというものが見つからないまま、時間は過ぎ、
ある日僕はマスダさんと飲みにいって、酔っていた。
帰りにコンビニに寄って、懐かしくなって昔よく遊んだカードゲーム、「遊戯王」を一パック、買った。
開けると、キラキラしている、「ウルトラレア」(レア度が高いカードの名称)が当たったのだ。
とりあえず仮で、一旦だからと言って。ぼくはこのバンドの名前を「ウルトラレア」にした。
 
「仮名」というのを侮ってはいけない。事実僕はその仮の名前を八年背負うことになるのだから。
そのまま英語で綴ると「ULTRA RHEA」となるところを、これまたなんとなく「LEA」と表記した。
直訳で「とくべつなそうげん」。おお、なんか意味がありそうではないか。ダサいけど。
後日メンバーに伝えたら皆一様に微妙な顔をしていた。
「仮だから」と押し切って、勝手にロゴを作成。
バンドをやる上でこういうパワープレイもたまには良いのかもしれない。