二人目と三人目。

 
人は誰しもが心にドアを持っている。
 
その仕様は人それぞれ。
開け放たれていたり、そう見えて実は透明な壁がもう一枚はられていたり、「ノックして!」と書かれていたり、鍵の場所や材質も人によってまるで違う。オーダーメイドのドアをそれぞれが持っている。成長するにつれて、ゆっくりとドアは形を変える。柔らかくなったり硬くなったり。広くなったり、狭くなったり。
 
コミュニケーションとは、そのドアを如何に観察するか、という事だと思ってる。「人の心に土足で踏み入る」だとか「押してダメなら引いてみろ」だとか。まあ、そんな感じだ。
 
僕は割とドアの扱いには長けている方だと思う。まずジロジロと「見る」からだ。勿論それもバレてはいけない。警戒されてしまう。
できるだけさりげなく観察して、当たり障りのないところを触ってみる。そうして少しずつ全容を確認すると、不思議と自然に開いてくれる事が多かった。(もちろん例外もある。)
そんなこんなで、中高と、どのヒエラルキーに属する人間とも、コミュニケーションをそつなく取っていた気がする。自分のドアは一向に開かないのに。ね。
バンドを始めてから、「怖い」という印象を抱かれることが多くなった。ドアに牙でも生やしているのだろうか。これを読んでいるあなたがもしも山羊座であるならば、心辺りはないだろうか。山羊座の人にとっての「攻撃」は、「盾」が強くなりすぎた結果なのだ。
「絶対に入るな。」という威嚇が、武器に姿を模す。
 
「ベイツ型擬態」という言葉を知っているだろうか。ハナアブは、毒は持っていないが、毒を持っている蜜蜂に姿を似せている。警告色を身に纏い、わざわざ前足を触覚にみせて「私はミツバチの様に危険だ!」とアピールしている。とまあ僕もそれによく似たものだと思う。
 
ところが結局盾は盾。バレる人にはバレてしまうものだ。
よおく見ると毒はないのだ。
 
そんな僕なりの処世術の一つであるドア理論。これが発揮されるのが初対面の人間と出会うタイミング、正に今この時だった。
 
ミズキのドアの周辺は、モヤがかかって視界が悪い。居心地は決して悪くない。だけど分からないのだ。何かひとつ失敗をすると二度と中には入れないような、そんな空気を感じる。少し離れたところから、ジリジリと近づく事しかできない。
 
彼は僕の部屋に入ると「ここ、いいですか」と何でもないただの床に正座した。ひたすらに一つ一つの行動は丁寧だが、どこか落ち着きがない。
短めの癖っ毛に小さめではあるが鋭さがある目。一見どこにでもいそうな外見だが、わずかに感じる「変」な感じ。
カツキはミズキの近くにあぐらをかいて座った。なぜかこう、この二人を並びで見ると、「合う」気がするな。「昔一緒にバンドをやっていた」という前情報が僕の脳味噌をそうやって誘導させているだけかもしれないが。
 
まあダラダラと前置いたわけだが、とどのつまり僕は緊張していたのだ。
「これからメンバーになるかもしれない」相手との対峙。
「自分より経験がある」相手との対峙なのだから。
 
「カツキから、どんな感じで聞いてるん?」
できるだけ年上らしく振る舞った。
 
「あ、えーと、バンドをよかったらくまないか、と・・・」
もちろん分かっている。思い切って言った。
「俺はミズキなら文句なしやし、できれば入ってほしいと思ってるけど、どうなんかな?」
思ったよりも早く核心をついてきたことに少し焦ったようにもみえたが、少し間をおいてミズキは口を開いた。
「ええと、僕も前向きにやりたいなって思ってます。」
 
 
 
思ったよりもスンナリいってしまった。
「・・・えっと、じゃあ、決定?笑」
部屋の中の空気が緩んだ。ミズキもクシャっと笑みをこぼした。
先ほどドアを開けた時の笑顔とは違う、これが彼の本当の笑顔のようだった。
 
「まず、曲聴いてもらった方がいいんじゃないですか?曲も変わるわけやし、」
カツキは、「はやいはやい」といったような感じで、それでも嬉しそうにツッこんだ。
「そうですね、聴きたいです。」
 
少し楽になった僕の心が、また少しキツく締まった。
曲を、判断される。
 
僕はMTRにスピーカーをつないで、次のバンドでやろうと思っている曲のdemoを三、四曲流した。
その間、ミズキは一言も発しなかった。フムフムといったようにうなづいてみたり、たまに首をかしげたり、ほぉ〜と一人で納得してみたり。
 
僕は思った。「コイツ、もしかして変なヤツじゃないか?」と。
カキゾエとは全く違うタイプ。カツキとも違う。新しい動物を見ているようで、楽曲の感想そっちのけで僕は面白くなってしまっていた。
 
全てを聴き終わったあとで、ミズキは口を開いた。
「いいですね。センスあると思います。」
 
初対面である人間の賛辞に、僕は嬉しくなってしまった。
ミズキはどこかこう、音楽研究家のような雰囲気がある。きっとカツキと同じく相当音楽を聴き込んでいるに違いない。その人間に認められたのが嬉しかった。
「特に二曲目が個人的に好きです。」
 
ミズキが気に入ったという曲は「オゴトニツグ」というタイトル、風俗をテーマに書いたモノだった。滋賀県で有名な風俗街がある「雄琴」に「告ぐ」から「オゴトニツグ」。
 
それからはただ楽しい時間が流れた。
この曲はベースアレンジはどうしよう、とか。ココいいですね。とか。
しっかりとした「加入」の言葉を交わさずとも、これからの音楽活動をどうしていくかの話を繰り広げた。
こうして僕らは三人目の仲間、「ミズキ」をベーシストとして迎え入れたのだった。