理解したいよ出来ないよ。

 
「・・・あの、僕の、隣に住んでる人になんか聞いたんですかね」
文字通り「ピクッ」と彼らの目に見えぬ感覚器官が動いた気がした。
モグラとフツウは一瞬目を見合わせた。
どうやらビンゴらしいのだが、モグラは僕とまともに会話することすらしてくれない。少し間を置いて、フツウが「そやで」と素っ気なく答えた。
 
察するにこうだ。
フツウと、僕の隣人は職場が同じで顔見知りもしくはそれ以上の付き合いである。
隣人から、フツウへ、僕とのトラブルの情報が流れた。あの性格からすると、事実をややねじ曲げて伝えている可能性は十二分にある。
そしてフツウからモグラへ。モグラからすると友人の知人とモメたクソ生意気な年下のガキだ。一回ここらで「シメ」とこう。
 
僕の脳内で組み立てた、一番違和感のないストーリーだ。
 
さてここまで状況が整理できた。問題はこの後に僕がとるべき行動だ。
「謝罪」をすべきか「否定」をすべきか・・・
前者を選べば、ない罪を認めてしまう。
後者を選べば、機嫌を損ねる。この分かれ道は、容易には選べない。
 
モグラの気性は波が激しいようだった。
ヘラヘラとどうでも良い世間話をしたかと思えば、突然舌を巻いて威圧をしてくる。刻一刻と時間はすぎる。僕らはどんどんと疲弊していく。彼らのこと、この数時間で随分と詳しくなってしまった。
この二人は、刑務所で知り合った仲らしい。
モグラの方が後に出所し、アテが見つかるまでフツウの部屋に転がり込んでるらしかった。「俺は暴力とかで捕まったんじゃないで」フツウが言った言葉なのだが、「は」の部分はつまりモグラのそれを確定させていた。まあ聞かなくても想像つくけど。
 
段々と飲酒量が増える中で、モグラに大きな波が来たようだった。
一升瓶を振りかざして言った。
「これで頭かち割られるか、指詰めるかどっちか選べ。それで許したる」
ため息も出ない。恐怖はもちろん感じてる。だが、僕はまだこの状況を打破することを諦めていなかった。
最悪の状況を考えろ。ええと、それはこうだ。僕が殺され、もしくは殴って意識を失わされて、カノジョが犯される。それが最悪だ。とりあえず。それを避けよう。頭は駄目。痛そうやし。最悪意識なくなる。
 
 
眠気と精神的な疲弊で多少脳の回路は単純になっていた。
「僕はなんも悪いとは思ってません。でももう、指で良いですよ」
ギターを弾くので右手の小指にしよう、なんてことを考える余裕はあった。
知らんけど、指詰めるのって「それで許す」ってことだろう。それ以上に何かを求めてくるのは、お門違いってもんだろう。どうせヤクザなら、ドラマとかで出てくる芯の通ったヤクザであってくれ。僕は願うしかなかった。
 
正直、人生で一番と言えるほど、覚悟を持って発した言葉だった。
それなのに、モグラはまたヘラヘラしたりして、訳がわからない。
それから数時間おおよそ同じようなやりとりをして、朝になってしまった。フツウが「仕事やから」と寝てしまってから、モグラは、話し相手がいなくなったからなのか携帯をいじっている。僕らの眠気は限界だ。攻撃が止んでいることも一層瞼を重くしている。しばらくの間、室内にはフツウの寝息と、モグラのガラケーのボタンの音だけが響いた。モグラは、どんな人生を過ごしてきたのだろう。どう生きてこればここまで人に乱暴になれるのだろう。一体何をして捕まったのだろう。モグラが床を掘っている。穴を掘っている。ああ、そうか。こうやって脱獄してきたんだな。早く、早く警察に連絡しないと・・・
「ドンッ」鈍い音と激痛で目覚めた。どうやら僕はモグラの蹴りによって起こされたらしかった。よくもまあこの状況で寝れたもんだな。自分に関心する。いやちょっとまてカノジョは・・・?
カノジョも寝ていた。
 
「いくぞ。ちょっと送ってくれ」
何時間経ったのか。モグラの印象が少し違う気がする。
「どこへですか?」
「ええから送れ」
「午後から仕事なんですけど」
「休め」
「はあ」
特に変わっていなかった。
寝ぼけているのもあって、なぜかモグラに対しての恐怖心がない。
 
僕は、カノジョを部屋に戻して(僕が行かないならカノジョを貸せとしつこかった)仕事を休み、モグラを指定の場所に車で送った。
そこはボロボロの小さい工場で、到着しても誰もいなかった。
僕もモグラと共に車から降りて待っていたら、後ろから蹴飛ばされて鉄屑置き場に顔面から突っ込んだ。「用済んだんやで早よ帰れや」もう、無茶苦茶だった。帰りの車で、顔面の血を拭き取りながら、僕は引越しをすることに決めた。