A氏の隣人

 
「そう、それで仕事も休んで顔もコレ」
 
「最悪やな!天罰やな!」
ルナはまさに他人事、といったように僕への気遣いは他所に笑い飛ばしている。いやいや、本当に死ぬかと思ったんだけど。経った数時間の「監禁」だったわけだが、随分久しぶりにこの部屋に帰ってきた気がする。随分久しぶりに、ルナに会った気がする。「もうちょっと心配せえや」そんな言葉を吐いたが、心底感謝した。ルナはこうして、ちょくちょく今でも遊びにくる。
 
カノジョは疲れているのか眠っている。無理もない。あれだけ縮こまった時間を過ごしたのだ。僕も、疲労困憊だった。
 
「まあこの家出るのは寂しいけど、また引越ししたら遊びにいくわ」
 
そう言い残してルナは帰った。そう、まだ全て解決したわけではない。
新しく住む場所を探さないといけないし、やることは山積みだ。
だけど、今はただ、眠りたかった。
カノジョの寝息だけが静かに響く僕の部屋。壁は落書きで埋め尽くされている。この部屋でたくさんの物語が生まれた。毎日のように友人が来て、c.u.dが出来てからは溜まり場になって。落書き一つ一つが思い出だった。その一つ一つを眺めながら、少しずつ眠気で頭をボンヤリとさせながら、僕は長い一日を思い返していた。
 
 
 
 
 
此度のモグラの急襲は、数ヶ月前に起きたある隣人とのトラブルが原因だった。
 
 
数ヶ月前のある日、外出しようとすると、僕の玄関前に大量のゴミが置かれていた。
そこに明らかな敵意を感じ、犯人を考えた。真っ先に候補に上がるのは、隣人。僕の家には、人が良く来る。飲み会もザラだ。その騒音の仕打ちとして、とならばギリギリ理由として理解できる。だけど。理解は出来ても納得は出来なかった。注意するなり、大家に報告するなら分かる。だがもしこれがそうだとしたらこの稚拙な仕返しはなんだ?まだ、部屋が五月蝿い時に壁を殴る方がましだろう。粗暴な手口だが、「迷惑だと思っている」ことを明確に伝えることができる。このゴミの嫌がらせじゃ、ただ僕が困るだけで問題の解決にはならない。その幼稚さに、心底腹が立った。
僕は大量のゴミ袋にあたりをつけ、中身を漁った。ビンゴ。請求書の切れ端だ。住所と名前が載っている。まさしく僕の予想通り隣人の部屋番号が記されていた。僕はソレをポケットに隠し、ノータイムで隣人のチャイムを鳴らした。
少しして、「ガチャ」と鍵を開ける音がしてソイツは顔を覗かせた。
三十〜四十代だろうか。無精髭にメガネをかけて、不愉快な長髪の小太りの男だった。
僕は友好的な笑みを浮かべて問うた。
「(ゴミ袋を一瞥して)さっき出たらこんなんなってたんですけど、何か知りませんか?」
男は、怪訝そうに僕とゴミ袋に視線を行き来して、
「なんやろうねえ、ごめん知らへんわあ」
と白を切った。
まだ、三十パーセントほど彼が黒ではない可能性は残っている。次だ。次で、おおよその判別がつく。
「これ、あなたのゴミなんですけどね。」
僕はポケットから例のブツを彼に披露した。さあ、ここが重要だ。僕は彼の一挙一同を観察した。
男は少し肌を紅潮させ、大袈裟に驚いた。四十パーセント。
「いやいや、なんで僕のゴミをわざわざ君のとこへ持ってくんやろ、喧嘩させたいんかなあ」
「僕、コレ全部あなたのゴミとは言ってませんよ。たまたま開けたのにコレが入ってたんですけど。コレ全部あなたのなんですか」五十パーセント。
「いや、違う・・・と思うけど・・・いや、僕のなんかなあ」六十パーセント。
 
男の発言が、表情が。どんどん黒くなっていく。ダメ押しいっとこ。
 
「「仮」の話をしますよ。もしコレがあなたからの僕への嫌がらせだとしたら、その原因って騒音ぐらいしか思いつかないんですよ。そこでまず一つね。こんなやり方しても、根本の解決にはなりませんよ。「あなたが騒音で迷惑している」ということが明確に伝わらない限り。注意するなり大家に相談するなり、そういう手順を踏まないでこういうことをしたとしたら、それは子供の仕返しで、元々僕が悪かったとしても最終的にあなたが悪くなってしまいますよ。」
「いや、だから・・・」
「で、騒音の話ですが、確かに僕の家にはトモダチ良く来ますし、心当たりはあります。でもどこからがダメでどこからがその人のストレスかって言うのは何かしらで伝えないとわからないじゃないですか。あなたも先週のどこかで朝まではしゃいでましたよね?勿論知ってますよ、僕は特にストレスに感じないので大丈夫ですけど。どこにストレス受けるかなんて人によって様々ですよね?騒音ひとつにしても、音量なのか、時間帯なのか。それによっても変わりますし、人によったらあなたの生活音の方がストレスになる人もいるかも・・・」
「いや、それはないやろ」上手く釣れた。百パーセント。
 
「えっとそれは、あなたが僕の生活音にストレスを抱えていてその仕返しにこのゴミの嫌がらせってとこまで認めてくれたってことでいいんですかね?」
男は黙っている。僕は余計に腹が立ってきた。一体こいつはいくつなんだ。僕より何年も生きて、なんでこんなに稚拙なんだ。嫌がらせのゴミに自分の個人情報って、詰めが甘すぎるだろ。やるならもっとちゃんとやれ。
 
「とにかく、騒音は気をつけます。でも実際に僕の生活音がどのようにあなたの部屋に響いてるかは知りません。なので、もしまた気になるようなら、注意するなりしてください。めんどくさかったら壁殴ってください。それでこっちは分かるんで。あと、このゴミはすぐ持っていってください」
僕はそう言い残して自分の部屋に戻った。最後にもう一発お見舞いとして、男の側の壁を思いっきり殴ってやった。「こうやってね」と感じで。
 
次に外出する頃にはゴミは綺麗さっぱりなくなっていた。
 
くだらない、と思う。人のミスを拾って議論に勝つなんて簡単だ。
相手の落ち度がある前提の話だけど。
ただの隣人トラブル。こんなことにエネルギーを使っている自分が気に入らなかった。それから隣人が僕に干渉してくることは一切なかった。僕が友達を呼んでも、教えた壁なぐりもしてくれなかった。
 
それが、数ヶ月前の話。