フツウの作業着

 
モグラの住処はどうやら僕の部屋の斜め向い。らしい。
仕切りにそちらへ先導する。
「先になぐれ」という発言や、現状一切暴力は奮っていないところから、知性を感じてしまう。
 
賢い「悪」は、厄介だ。
 
もちろん僕も抵抗はする。モグラの住処、その閉鎖的空間に入ってしまえば危険性は大幅に上がる。だが何を言ってもモグラは薄気味悪い笑みに「話しようや」という言葉しか添えない。どう考えても「話」だけで済ませる気ないでしょ。
僕は、事の重大さを認識すると共に、少しずつクールダウンしていた。
失せた血の気も多少は戻ってきてる。
今この瞬間での僕の最優先課題は、「事なきを得る事」。そのためには相手の要求をシンプルに把握する事だ。金か、暴力か。それとも対話か。何かの解決か。
慎重に言葉を選び、モグラの行動の原点を探る。
「そもそも初対面ですよね。僕が何かしましたか?」
「やからその辺を話すんやろうが」
モグラも目的を達成することに貪欲だ。
そうしたやりとりを数分行っている内に、別の来訪者が現れた。
革靴が大理石を模したフロアに触れて、小気味良いリズムを奏でる。
音の主は二人組。警察官だった。
 
こんなに警察の姿をみて心が落ち着いたことは今までなかった。
だがしかし、一体誰が・・?
その解答はすぐにいただけた。モグラから僕の陰に隠れていたカノジョが警官の元へ駆け寄る。「通報したの、私です。」すげえ、すげえよ。カノジョの機転に感謝した。警官は、「住人の方の迷惑になるから」と、僕とモグラをアパートの外へと誘導する。
よし。これで、これで解決だ。流石に警官には僕に対してとったような態度はとれない。原因を聞き出してもらって、そつなく穏便に終わらせよう。ところが事態はそう上手くはいかないようだった。
モグラが、まるで人が変わったかのように饒舌になり、あれやこれやと言葉をまくしたて、自分が危険人物でないことをアピールした。
同じ住人として、若者にお灸をすえるために、ちょっと怖い風にしただけですよ、と。
本当に、そうなのか?そんな風に僕の中でも疑問がでてしまうほど、モグラの対警官の話術は素晴らしかった。そして、なんとその言葉を信じ切って、警官はそそくさと帰ってしまったのだ!
 
パトカーを見送る。
モグラは振り返って僕にまた、薄気味悪い笑みを放つ。
「警察なんか呼んでも俺には通用せんよ。観念していうこと聞け」
 
もう抵抗ができなかった。僕とカノジョの「監禁」がスタートする。
 
僕の部屋と全ての造りが逆になっているモグラの住処。
とうとう足を踏み入れてしまった。
家具は少なく、一升瓶が転がっている。
そしてそこにはもう一人。見知らぬ男があぐらを書いて座っていた。
作業着をきて、メガネをかけて。
第一印象として、モグラのような邪悪なオーラは感じなかった。
真面目そうとも思わないけど、どこにでもいそうな、フツウの男だ。「フツウ」とここでは呼んでおこう。
フツウは、なんとも言えない視線をこちらに送る。
僕らを心配しているようにも見えるし、すごく興味がないようにも見える。
 
「まあ、座れや」
モグラが低い声で言った。指示に従う僕とカノジョ。
 
一体これから何が起こるのだ。
こんなにも僕の部屋と似ているのに、
こんなにも僕の部屋と近いのに。
まさに天国と地獄だ。
 
フツウが、「飲むか?」と僕に向かって一升瓶を振った。
「大丈夫です。」
「そう」
本当にこの男もよく分からない。
僕の罵声も、聞こえていたはずだ。なぜこの状況をモグラに聞かないのだ。
 
モグラとフツウは、本題に入る様子もなく取り止めのない会話をし始めた。
僕とカノジョはただ黙って聞いているのみ。
できることといえば、部屋と、二人を観察することしかなかった。
 
「ん?」
一つ気がついたことがあった。
フツウが着ている作業着、見覚えがある。
一つの結び目が解けたことによって、疑問はあっという間に確信に変わっていく。
「そういうことか・・・・・・」
僕は大方八割ほど、この状況を悟った。
 
「・・・あの」
僕は口を開いた。