肯定感と恐れ

MS 1-8 7h
PN 13 0m
PN 21 20m
80.4kg(-2.6)
10 ナッツ
14 ナッツ R1
21 豆腐素麺
26 ハイボール/からあげ/手羽先/もずく/ハツ

今日はすこしだけ、習慣を考え直してみた。

明日から実行。うまくいけばもっと効率的になれる。

 

毎日毎日おなじことなので省いているが、
あつしとのキャッチボール、もう二週間以上続いている。
「一日も、欠かさず」だ。
これは、とても奇跡的なことなのだ。なぜか。
あつしも僕も、継続が苦手なタイプだからだ。
そして、お互いがお互いを知っている。つまり、相手を責める事ができない。
だから容易に、「この習慣が終わる」ことを想像することができた。
ところがどうだ。予想を裏切って、恐ろしいほど順調に続いてしまっている。
毎日毎日やっているおかげで、同時並行で開催されているゲートボーラーの面々とも次第にコミュニケーションをとるようになってきた。
はじめは挨拶からはじまり、なぜかご年配の方から、「がんばってるなあ!」と声をかけられ、二人して苦笑いをする。
オリンピックさながら、僕の自宅前の公園では毎朝二つの競技が開催されているのだ。

話をもどして、なぜ継続力のない二人が一つのことを続けられているのだろう。
「マイナス×マイナスはプラスだから。」そんな適当な根拠ではない。
れっきとした理由がある。
それは「貢献感と、恐れ」。この二つが大きな要因となっている。

貢献感。まずこれはアドラーの「嫌われる勇気」を読んだ事がある人ならわかるだろう。
その本の中では、「貢献感」こそが幸せの源だと言われている。
簡単に言うと、「俺、必要なんだ」と実感することである。
難しいところだが、好かれようとすることではない。
ある対象や環境にたいして、「貢献している」と自己認識することが大切だと説いている。

それを踏まえて、あつしはこのキャッチボールに「貢献感」を多少、抱いてくれている。
僕は、自分の生活リズムの悪さを長年嘆いてきた。
短眠を試せど、失敗。
寝過ぎて病む、の繰り返し。
僕が毎日きまった時刻におきれば、いつもより元気でいられる。
そのため、といっては大袈裟だけど、良い一日のきっかけを与えてる。
その意識が彼を継続に導いてる部分もあるだろうと感じる。

もうひとつが、「恐れ。」これも重要である。
ぼくらは、「継続」に自信がない。
二人ともウサギタイプであるからだ。
「自信がない」から「恐れる」
きっと継続力のある人なら、たった一日休んでも次の日から問題なく習慣を再開できることだろう。
だが僕たちはそうはいかない。
一日でも休んでしまえば、とたんにやる気が失せてしまうことが多々あった。
だから恐れるのだ。「たった一回の休み」を。

とまあ大袈裟に語ったが、大の大人が毎朝キャッチボールをまるで使命かのように行っている。
非常に滑稽だと思う、おかげでここ最近で一番日に焼けている。

だけど、今の僕にとって非常に重要な習慣なのだ。
これのおかげで、毎日ブログも、イラストも、小説も取り組めている。

そんなこんなで、おやすみなさい。