少年ナイフ – 05

どんなくだらない物にだって、教訓はある。
そう思わないとやってられない。

ただの「隣人トラブル」で、あえなく指を失いかけた僕は、次の住処が見つかるまでの間、事情を話して実家に戻っていた。
トラブルの詳細を話しても、親父は「ケ」といったような感じ。調子に乗って浮かれているからですよ、といった感じだった。
「ふー」荷物を運び終えて、寝転んだ。そこには懐かしい天井がある。
ここにも、確かに思い出はある。良いことも、悪いことも。

実家には、あまり帰らない。
特にコレといって理由はないのだが、僕にとって「安心」できる場所ではないからだと思う。
僕が小学生の頃、両親は離婚し、父親の元で育った。しばらくして「ともさん」という人と再婚した。
ともさんは、誠実で、まっすぐで、大変素晴らしい人だ。それは一切の皮肉などなく、間違いなくそうだ。
彼女にも前の夫との間に二人の子どもがいて、例外なく、立派だ。
僕らが悪い。僕らが悪いのだが、そんな誠実さが、うまく噛み合わなかった。
僕を含めた秋道家の兄弟は、ことあるごとにともさんと衝突した。
そして分かり合えないまま歳をとって、実家を出て行った。
盆や正月ならまだしも、用がなければ基本的に帰ることはない。
気まずさ、みたいな物が僕に漂うのは至極当然のことだった。

しばらくして、話がある、と親父が僕を呼び出した。
階段を降りて、リビングへ。
「お前、あそこに住むか?」
「あそこってどこ?」
「ほら、前に住んでたとこや」
脳味噌に何かしらの物質が駆け巡った気がした。
久しぶりに、こんなに胸が高鳴った気がする。

「前に住んでた家」というのは、僕が小学生まで住んでいた家。
実の母親と、兄たちと、可愛がってたネコと過ごした家。
辛い思い出もあるけど、それでも大好きな家。
「あそこに、すめる・・・」

しかも、一軒家だ。きっとボロボロだろうけど。でも、広い。
「隣人」なんて気にしなくて良いんだ。バンドだって、いつでも集まれる。
「住む!」
即答だった。早速親父と共に、「昔」の僕の家、そして「これから」の僕の家にむかう。

景色が流れる。気持ちが逸る。どんな間取りだったか、どんなことがあの家で起きたか。加速して、僕の脳を通り抜けていく。
見慣れた道、見慣れた建物、そこをかき分けて、ソレはたたずんでいた。

「うわあ・・」
言葉はそれしか出なかった。「懐かしい」なんてレベルじゃなかったのだ。
もう二度と会えないと思っていた人に奇跡的に出会えたような、そんな感覚だった。
親父が鍵を開け、恐る恐るドアを開ける。

少し、かび臭い。だが、それ以上に、「懐かしい」

時代に合わない巨大な温水タンク、
緑色の階段、
親父のリフォームした仕事部屋、
洗面所のタイル、
和室の土壁、
二階に行こう。僕の部屋。そして兄たちの部屋。
天井の謎の模様、と貼り付けた星形のシール、
親父と、お母さんが寝ていたベランダつきの畳部屋。「うわあ・・・・」
この気持ちに本当に名前をつけることができない。
懐かしくて、嬉しくて、でも色々思い出して切ない。

感極まって、泣いてしまった。いい年こいて何してんだ。親父にはバレなかったからよしとする。

「これからまた、ここが僕の居場所になる」
隣人のトラブルのおかげで、ここに住むことができる。
流石に感謝した。

荷物を運ぶ日を決めた。一旦実家に帰った。
引越しが終わったら、とりあえずカツキを呼ぶか。
そんなことを考えて眠った。