蝉と管楽器と怒号と。

 
うだるような暑さの中、僕らはダラダラ汗を流してひたすらボールをゴールに向かって投げている。下手なシュートでも打とうもんなら、監督から怒号が飛んでくる。夏のドーム大会にむけて、練習の熱は増すばかりだ。
 
蝉の鳴き声と、吹奏楽部の管楽器の音色、そして僕らの掛け声と、この田舎の校舎に響いている音はもう一つ。
 
窓ガラスを通り抜けて、歪んだエレキギター、輪郭がボヤけたベース、キックドラム、そして遠くの方でボーカル。軽音楽室からソレは聞こえてくる。
 
「バンド」の音だ。僕らの絶え間なく発せられる掛け声とは対照的に、「バンド」の音は、休んだり、鳴ったり。気まぐれに活動していた。
 
「ダウン」
 
この言葉を僕らは毎日待っている。監督のその言葉を合図に部員はストレッチをし、片付けをすますのだ。インターハイを目指す部活だ。毎日毎日苛烈な練習の中でも、僕らは励まし合って、楽しくやっているとは思う。辛い練習の最中でも、楽しいことは多々ある。充実は、してると思う。だけど、僕はこうして軽音楽室の方を見上げるのだった。外から中の様子なんて見えるはずはないのに。
 
談笑もそれなりにして、僕は一人自転車庫のほうへ。
 
「またバイト?」部員の声にそれとなく返して漕ぎ始める。週に一度の部活休み。それが明けた後の練習ではいつも筋肉痛になる。それでなくても、ハンドボールは激しいスポーツだ。ぶつかったり倒れたり、体はいつもどこか痛い。それでも僕は近所のスーパーへと自転車を漕ぐ。
 
この部活で、アルバイトをしてるのは僕だけだ。
 
親との約束で、携帯代も部活の遠征費も、自分で稼がないといけない。僕の高校ではアルバイトは許可制だが、流石にこれだけガチガチのハンドボール部に所属しながら働くヤツはあまり前例がないらしい。
 
特別に許可をもらって、朝はコンビニ、夜はスーパー。学校とバイトの往復の毎日。疲れてるはずなんだけど、特に苦しくなかった。学校で寝てばかりいるからかも知れない。
 
自転車を漕ぎながら、軽音楽室から鳴っていた音を思い出していた。
 
あれは何の曲なんだろう。誰かのコピーなのかな。誰がやってたんだろう。僕の知ってるヤツかな。
 
「バンド」は、かっこいい。音がデカくて、なんかこう、形に例えるとギザギザで。とにかくかっこいいんだ。
 
軽音楽部に入ってる奴らは、なんか違う。
 
確かに僕らハンドボール部とか、野球部とかは、活気だ。部員同士も仲がいいし、教室移動とか、昼食とか、集まって行動するし周囲からみてもそれなりに目立ってると思う。それに引き換え軽音楽部は、なんかこう、覇気がない。どいつもこいつも眠そうで、ボーッとしてる。部員数も少ないせいなのか、あまり部員同士集まってはしゃいでるところも見ないし、地味だ。
 
だけど、僕はそこに憧れていた。
 
僕らみたいな活発な部活のような、目に見える「繋がり」は感じられない。
 
だけど、僕には、彼らの頭から見えない糸が出ていて、確かに繋がっているように見えるのだ。
 
派手じゃない、行動的でもない彼らの「匂い」が好きだ。
 
毎日、大変だけど、部活は楽しい。チームメイトと居るのは苦じゃないし、先輩も面白い。何よりこの高校で一番といっていいほど活発な部活に入ってる。それだけで充実してる気がする。だけど、たびたび思う。「軽音楽部に入ってたら、今頃僕もあんな感じに見えてたのかな。」
 
バイトも今より増やして、気怠く学校に行って。たまに練習して、たまにライブハウスなんか行っちゃって。涼しい顔して過ごしてるのかな。悪くないな。
 
そうこうしてる間にバイト先についた。着替えて、レジに向かう。
 
「アキミチくん、お疲れ〜もうすぐ文化祭やねえ」
 
パートのおばちゃんが、そんな声をかけてくれた。
 
文化祭。僕らの部活としては何もしない。文化部の出番だからだ。軽音楽部は部室で「ライブ」をやるらしい。
 
僕の当日の予定は決まっていた。