名前のない怪物

 
周囲と溶け込めないまま、大人になってしまった。そして、やっと自分の「居場所」を見つけた気がした。「そこ」は、綺麗な海中だ。見たこともない魚。触れたことのない珊瑚。刺激的な毎日に、心踊らせた。「もっと行きたい」足を前に進めていく。するとどうだろう、徐々に息苦しくなっていく。ズブズブと足は沈み、体は重たくなっていく。「ここは僕の居場所じゃなかったのか?」そんな疑問さえ湧いてくる。だけど、だけどずっと遠くの方で僕を照らす光がある。僕を探す光がある。そこまで、行かないといけない気がする。
 
 

ひたすら、曲を書いていた。
 
あいも変わらずMTRで。フル構成で十数曲。頭とボイレコの中に数十曲。まだまだ、稚拙なものだ。だけれども、書けば書くほど、自分の中の「罪」は育っていく。その「傲慢」という怪物の存在に、僕は気づけない。まだ、気づけない。後ろにヒタリとつけてくるソレは、僕の稚拙な欲望を餌に、まだ姿を現さない。
 
出来上がった楽曲が、昨日までこの世になかったものが、どうしようもなく尊い物に思える。まるで世紀の大発見かのように僕を魅了する。僕は、それをカタチに、つまり「音源」にしたくてたまらなくなっていた。
 
このバンドには、お金がない。現状を保つだけでもみんな精一杯だ。レコーディングにはお金がかかる。とてもじゃないが提案できない。そこまでみんな、「求めていない」。
そうだ、また、MTRで音源を作ろう。そしたらカタチにできる。そして、前よりも多少はいい物になるはずだ。メンバーだって喜ぶはずだ。だってタダで作れるんだから。そしたら今度は無料じゃなくて、販売しよう。少しでも売れれば活動費のタシになって、メンバーの意識も変わるかもしれない。
もしかしたら「このバンドで生きていく」なんてことも、頭によぎってくれるかもしれない。
 
そう思い立ち、僕はPCに向かって作業を開始した。
数時間後、ソレは完成した。
 
白背景に大きく「白」と明朝体で描き、そこから粒子が飛び散っているデザイン。八曲入りのアルバムのジャケットだ。前回に録音した三曲に加え、五曲の新曲。まだ作曲段階の物もあるが、どれも自慢の楽曲だ。
これを出せば、もっと飛躍できる。
これを出せば、Swimyに、Junkに、近づける。
もっと、認められる。
このバンドを僕という存在を認めてもらえる。
 

特に「ボクラナリオーケストラ」なんかは期待大だ。
ポップで、僕らc.u.dのことを歌った唄で、メンバーも大絶賛だった。「代表曲」そんな言葉が似合う楽曲。
「マザー」は、母親のことを想って作った曲だ。といってもまだdemoもできてなくてメンバーは鼻歌ぐらいしか知らない。だけど、自信のある楽曲だ。
 

僕は、出来上がったジャケットをc.u.dの公式Twitterにログインして、投稿した。「年内発表」という言葉を添えて。
僕は、このバンドを率いる立場だ。目標を定める立場だ。メンバーの士気を、コントロールする立場だ。サボってたら、怒る立場だ。すぐにでも、残された楽曲の作曲と、自主レコーディングのスケジュールを決めないといけない。そのうち、Twitterを見て、メンバーから連絡があるだろう。「やりますか!」そんな言葉を期待していた。だけど、不思議とそんな連絡は次のスタジオまでくることはなかった。
 
 

いつものスタジオで、僕らは準備をしていた。不思議と空気は重い。
しばらくして、カキゾエは口を開いた。
「カイさん、僕はちゃんとしたレコーディングがしたいです。特にボクラナリオーケストラは、めっちゃいい曲やし、しっかりレコーディングして、形にしたいです。」
カツキもルナもソレに対して無言だった。同じようなことを考えていたのか。どうなのだろう。
 
「そういうことか」という理解と共に、二つの感情が芽生える。
彼なりのこのバンドへの、この楽曲への思い入れへの感謝。
そして、もう一つは、「■■■■■■■■■■」
 
二人が小さな箱で喧嘩して、僕は、
「分かった」とだけ言った。
 
お金が増えたわけでもない。レコーディングの計画がたてられるわけでもない。
僕のミニアルバム「白」のジャケットは宙ぶらりんにして、僕らはいつも通り、次のライブにむけての練習を始めた。