罪との遭遇

 
僕はバンドを始めた。曲も作って、スタジオにも入って、ライブもしてる。だけど、いつまで経ってもタクミに追いつける気がしない。ライブの数が足りない。バンドにかけるお金が足りない。
 
「その日は学校で無理ー」
 
僕の心臓のどこかが、ピクっと動いた気がした。
 
このバンドは、僕以外学生で構成されている。学校にバイトにバンド。その中で、学校とバイトは、「しなくてはいけないこと」だ。バンドは「しなくてもいいし金はかかる、だけど楽しいモノ」。
 
ライブもスタジオも思うように、決められない。それがこのバンドだ。始まった時からそうだった。誰も悪くない。僕が変わっただけだ。
 
目に見えないところで、ソレは進行していた。僕自身に薄っぺらくフィルターをがかかっていく。「仲がいいメンバー」から「メンバー」へ。僕の傲慢さはブクブクと肥大していく。
 
「なぜスタジオを優先できないんだ」
 
「何で金がないというのに友達と遊ぶ金はあるんだ」
 
「何でヒマだって言ってたのに練習してきてないんだ」
 
苦しい。息苦しい。
 
バンド活動を、さほど「やっている」とも言えない未熟者の癖に、楽しめなくなってきていた。
 
誰も悪くない。悪いのは自分だけだ。このバンドは趣味バンドなんだ。
 
僕の日常は、以前にも増してバンド中心になっていた。「バンド」というより、「僕が生み出すもの」と言った方が確かかもしれない。何の価値もないのは左脳では分かってる。分かってるんだけど、僕にとって不意に現れるメロディーラインが、目の前の仕事より、周囲の人間より、何より大切だった。
 
メンバーに対しての不満も、脳内の出来事だけにしていた。スタジオへ行く、なんだかんだいってワイワイいいながら曲を作る、練習する。たまのライブに向けて注力し、一喜一憂する。
 
 

帰りの車内でルナはご機嫌だ。
 
「でさあーその学童で〇〇くんがめっちゃ可愛くてさあー」」
 
「学童」というのは、「学童保育」の略。共働きなど何かしら事情があって見られないこどもを預かる施設がある。保育士を目指すルナはそこで臨時で働いていた。ルナはずっと言っている。「私の夢は保育士だ」と。それは、とても素晴らしいことだと思う。そしてそのためにキチンと学校に行って、その「夢」への階段を彼女なりに登っている。それは「必ず」叶えられる。彼女を見てるとそう思う。
 
それは、とても素晴らしいことだと思う。本気で思ってる。でもそれを純粋に暖かく見守れない自分がいるのに気付いてる。ルナの夢にはこのバンドは、邪魔だ。いつか、終わりがくる。そして、それはカキゾエ、カツキに関しても例外ではない、と思う。
 
「いつか終わるバンド」をなぜやってるんだろう。時間とお金をかけて、色んなものを我慢させて、なぜ一喜一憂してるのだろう。
 
 

僕は、この「cloudy under dog」というバンドが存在している意味を、疑っていた。
 
 

カキゾエも、カツキも、ルナも。好きだ。大切だ。
 
だから聞けない。「このバンドの最終目的地はどこだと思ってる」かなんて。
 
そんなことも聞けない臆病者、その中で、着々と「罪」は育っていく。
 
それはタクミとの共同企画が終わって間もない八月。そこで姿を現し始めた。