空症

 
「こんなんで、録れんの…?」
 
カツキはルナのドラムセットにむけて、いつも僕が使っているような、ダイナミックマイクをセッティングしている。
 
「なんとかなるでしょう!」
 
カツキはたまに途方もなく大胆だ。
 
いつものスタジオで、ルナは演奏を始める。いつもと違う所といえば、一人で叩いてて、自分の演奏をまじまじと聞かれてて、クリックを聴きながら叩かなくてはいけなくて…
 
そのどれもが彼女にとっては苦痛だったようだ。何度も何度もやり直す。
 
レコーディングの基本的な流れは、ドラム、ベース、ギターなどその他の楽器、最後にボーカルだ。それくらいは勉強した。この自主レコーディングのために、僕以上にカツキは学んだのだろう。時折彼の口から聴き慣れない言葉が漏れる。
 
これでいいのか良くわからないまま工程は着々と進み、ついにあとを残すのはボーカル録るのみとなった。(カキゾエに関しても僕のギターに関してもルナ同様もちろん四苦八苦した)
 
さすがに家だとアレなので、近くのカラオケの一室で行うことにした。決められた時間にカツキと落ち合う。
 
数ヶ月前までは、良くここに来ていた。地元の友達と来たり、知り合った女の子と来たり。酒を持ち込んで、馬鹿騒ぎ。僕は、ほんの少しだけ、周りより歌がうまかった。それに気づいたのは高校を卒業する前後くらいだったのだけど。だから、カラオケは好きだった。「またカラオケ?」なんていいながら、意気揚々と歌える曲を携帯のメモに残してなんかいた。
 
その場所に、僕は違う目的を持って来ている。自分の曲を、仲間と力を合わせて作った曲を、「形」にするために来ている。ただそれだけで、そのカラオケの一室の空気が澄んでいるような気がした。
 
その後はカツキをあーだこーだと話をしながら、何度もテイクを重ねた。コーラスだっていれた。
 
数日後、カツキからメンバーにCDを渡された。彼は少し照れ臭そうだったけど、みんな笑顔で受け取った。早速聴いてみると、普段きくようなモノと比べると迫力はなかった。だけど世界でただ一つの音楽が、確かにそこで鳴っていた。僕は、何度も何度も繰り返して聴いた。それこそ擦り切れるくらいに。そして、PCを開いて、ジャケットをデザインした。出来上がったソレに居る「彼」は、足かせをつけている。鍵はすぐ近くに落ちているのに拾おうともしないで真っすぐこっちを見ているのだ。
 
まだ僕には足かせがついている。そして、目の前の楽に拾える鍵は拾わない。
 
足かせがついたまま、歩いていくことを決めたんだ。
 
 
ツギハギで作ったロボットは 泣き笑いも出来ずただ、
 
終わりのボタンを押してと僕に願い、
 
その度に僕の症状が差し伸ばした手をまた止めて
 
救いも破壊も出来ずに今日もおやすみ
 
 
これは、サーチライト、MENTOLと続いて、この1st demo「cloudy under dog」に収録した楽曲「空症」のサビである。
 
歌詞はいつも考えて書かないから、「ロボット」が何を指しているのかがわからない。音楽とは僕の場合いつも映像に変換される。何度も曲を聴いていると、そのイメージはより洗練されていく。
 
不思議とこのロボットは僕の顔をしていた。
 
何かを必死に訴えてる。声は聞こえない。
 
僕はバンドを始めてから、物事をより深く考える癖がついた。僕は変わらないといけないのかもしれない。だけどそれを選べばたくさんの物を失うだろう。ソレも何となくわかっている。気がする。とにかく今は考えたくて仕方がなかった。仕事中も友達といる時も、表面に本音の僕が出てくることは少なくなっていった。