イントロダクション

 
部屋には重たい空気が張り詰めていた。
 
カキゾエは、見るからに苛立っている。ルナは伏せっている。
 
カツキと僕は、「この話」を切り出した張本人として、責任を取ろうとしていた。
 
時は遡る。まだ僕が僕じゃなかった時代へ。
 
灰色の工場にて
ここで軽く僕のことを紹介しておこう。
 
僕は一九九一年の一月十三日にニュージーランドで生まれた。
 
後から聞いた話だと、両親はその頃本気でニュージーランドに移住しようとしていたらしい。ビザがうまくいかなかったかなんかで、帰国。当時一歳半とか。おかげで兄弟で僕だけ英語が話せない。「アキミチヒラク」という少し変わった名前と、「なんちゃって帰国子女」という境遇が、幼少期から僕の歪なアイデンティティを形成してしまった。色々あった家庭環境(この物語に直接関係はないので省くが、本当に「色々」あった。)により、それは助長され、相当ひねくれた存在が出来上がってしまった。わかりやすくグレてピアスを開けるとか、髪を染めるとか。そんなんじゃなかった。
 
「自分」という存在が周囲に溶け込んでないのが分かる。
 
ここは「お前の場所じゃない」と言われているような気がする。
 
それでも無理やり溶け込んでいた。「普通」にしていた。そうしないといけなかったから。どこかで、そういうモンなんだと思っていた。
 
高校を卒業し、就職する。選択肢はなかった。灰色の作業服を着て、毎日灰色の工場に向かう。そこでも僕はうまく溶け込むことができなかった。
 
この「ハナシ」は、ここから始める。
 
 

「お前さ、いつまでも学生じゃないんやで」
 
聞いた事ないのに、まるで聞いたことがあるような、それくらいこの世で使いふるされて来ただろう言葉をいただいた。
 
「はい、すみません。」
 
これもテンプレートだろう。この人は悪くない。むしろ「良い人」だ。悪いのは僕。
 
何度目の遅刻だろうか。学生気分(そもそも学生気分って何?)なつもりもないのだけど、結果として、僕は組織に迷惑をかけている。はじめは良いのだ。僕はそれなりに友好的な関係をすぐに作れるし、仕事覚えも早い。新しい仕事は楽しい。自分の成長を手っ取り早く感じられるから。一つの作業の効率を極限まで高め、練度をあげる。そして大体そこに属する誰よりも手早くなれる。そして、飽きる。余った時間はサボる。トイレにいっては携帯を触り、抜け出してはタバコを吸う。この工場にとって僕は「害」でしかなかった。
 
期待されては、信用を失って。その繰り返し。
 
期待されるのが嫌なはずなのに、なまじプライドが高くて「良い子」を演じてしまう。そんなメッキはすぐに剥がれる。そんなことはわかっているのに、どうしてもその繰り返しから抜け出すことができない。
 
僕は「僕」に興味がなかった。
 
この人生が光り輝くビジョンが見えなかった。
 
週末は女あそびか地元の友達と会う。一見楽しい。「楽しくない」といえば嘘になる。だけど、繰り返しだ。何も、「前」には進まない。
 
どれだけの女性をモノにしても、スロットで勝っても、寝て覚めたらまた僕は灰色の工場にいかなければならないのだ。
 
工場で先輩や同僚が休憩中に交わす会話は、車のことかパチンコのことか風俗のことか。
 
そのどれもに興味はなかった。でも興味があるフリをしていた。
 
そうした日常を過ごしていたある日、僕の電話が鳴った。